手稲記念館

北海道札幌市西区西町南21丁目3-10
TEL.011-661-1017
昭和44年(1969)開館

 1967年の手稲町と札幌市の合併を記念して1969年に開館した。
 仙台藩片倉家臣団のうち約100戸は白石に入植となったが、残りは発寒村(当時)へ入植せよとの開拓使の指令を受けた。
 家臣団47戸・241人は、明治5年(1872)1~3月、上手稲地区(現在の道道宮の沢北一条線沿いの西区西町及び宮の沢付近)に入植。上手稲の土地は森林が鬱蒼と茂り、熊や狼などの動物が昼夜現れ、さらに土壌は石が多く痩せた土地で用水の確保も困難という厳しい条件であったが、入植者たちは懸命に開拓に当たった。
 手稲地区は、明治15年(1882)から昭和17年(1884)までの60年間、上手稲村、下手稲村、山口村から成る大字三村制を採り、戦後の昭和26年(1951)には手稲町に昇格、昭和42年に札幌市と合併する。札幌市が政令指定都市となった昭和47年(1969)に西区の一部となり、平成元年には西区より分区し「手稲区」となって現在に至る。現在の西区に「手稲」を冠した学校や「手稲記念館」があるのはそんな事情である。